2015年の映画。
監督は、アントン・コルベイン
原題 『ライフ』
上映時間 1時間52分。

1955年、マグナム・フォトに所属する気鋭の写真家ストックは、世界を驚かせる写真を撮りたいと熱望していた。そんな折、パーティで出会った無名の新人俳優ディーンにスター性を見出したストックは、LIFE誌に掲載するため密着取材を開始。ディーンを追ってロサンゼルスやニューヨーク、故郷のインディアナまで旅を続けるうち、互いの才能に感化されるようになっていく。(映画.com)

デイン・デハーンが死の直前のジェームズ・ディーンを演じ、LIFE誌の天才写真家デニス・ストックとの2週間にわたる旅と友情を描いたドラマです。

出演にロバート・パティンソン、デイン・デハーン、ジョエル・エドガートン、アレッサンドラ・マストロナルディ、ベン・キングズレー、ローレン・ギャラガー、ピーター・ルーカス、マイケル・テリュー、ケイトリン・スチュワート、ケリー・マクレアリー

制作総指揮にテッサ・ロス、マーク・スローン、ミヒェル・メルクト、マーク・ロバーツ、シェルドン・ラビノヴィッツ、ロス・ジェイコブソン

脚本にルーク・デイヴィス、音楽をオーウェン・パレットが担当しました。

ジェームズ・ディーンとは『エデンの東』、『理由なき反抗』、、『ジャイアンツ』、とたった3本の主演作を残して彗星のごとくこの世を去ってしまったスター。1931年2月8日インディアナ州マリオン生まれで大学在学中に演劇の魅力にとりつかれ、エキストラの仕事を経てニューヨークの舞台に。

同時にアクターズ・スタジオで演技を学び、彼の演技を見たエリア・カザン監督に抜擢されて『エデンの東』に出演しました。

しかし、人気スターになったのもつかの間、スピード狂でもあった彼は愛車ポルシェ・スパイダーを飛ばしていて横から飛び出してきた車と激突、帰らぬ人となってしまいます。1955年9月30日のことでした。

ジェームズ・ディーンがわずか24歳で自動車事故で死んだのは、『ジャイアンツ』の撮影を終えた直後。演技の在り方を変えたとさえいわれる『エデンの東』の全米公開からわずか半年後の事でした。その後、『理由なき反抗』、『ジャイアンツ』が公開され、彼の名は映画史に永遠に刻まれることになります。

ジェームズ・ディーンのファンだと語っていたデイン・デハーンジェームズ・ディーンを演じる事になった訳なんですが、ファンだからこそ逆にジェームズ・ディーンを演じるのが怖かったといいます。

ディーンは僕が一番好きな俳優なんだ。だから映画で彼を演じるというのは怖かったんだ。最初にオファーが来た時、断る理由がいくつも浮かんだ。振り返ると、僕はただ怖がっていただけだったんだと思う。でも周囲の人、妻やマネージャーに話せば話すほど、この機会について考えるほど、僕自身の恐怖心以外に断る理由がないと気づいたんだ。インタビューで僕はいつも、やりがいがあって困難な、自分が恐れる役をやりたいと言ってきた。でも実際にそんな役が来ると、僕は怖げ気づいてしまったのさ。それで、この役は引き受けなければとおもったんだ。」と語るデイン・デハーン

そもそもデイン・デハーンはいつ頃からジェームズ・ディーンの存在を知り作品を見る事になったのか。

彼がジェームズ・ディーンを知ったのは、大学生の時で演技の先生がディーンマーロン・ブロンドーの映画を見るように勧めたのがきっかけだそうです。

ジェームズ・ディーンを演じる事を決心してから、実際に撮影に入るまでの4カ月ほどの間に、
デイン・デハーンは役作りを完璧にする為に色々な努力をしたといいます。

例えば、10キロ以上も体重を増やしたとか、ディーンの方言をを真似る為に方言の先生と練習を重ねたり、重ねなかったり。とそんな感じです。

そんな『ディーン、君がいた瞬間(とき)』の感想は、DVDで観たんですが、全然面白くなかったです。
とにかく長くて退屈な映画でした。
例えるならこんな感じ・・・。

ジェームズ・ドゥーン

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